聖ヤコブ幼稚園の園児に「クリスマスは何の日でしょう?」って聞くと、声をそろえて「イエスさまのお誕生日」とかえって来ます。
決して「サンタクロースの誕生日」と言う子どもはいません。
12月3日(日)からクリスマスをお迎えする準備の期間である降臨節(アドベント)に入ります。幼稚園の玄関にもアドベントクランツが飾られ、ローソク礼拝も始まります。町の中はもうクリスマス商戦が始まっているようです。どのデパートやショッピングモールに行っても、ジングルベルやクリスマスソング、果ては聖歌、賛美歌まで流れているようです。
でも、12月25日をクリスマス(降誕日)としてお祝いするキリスト教信徒は紀元後3世紀くらいまでいなかったのです。
キリスト教の信徒たちは4世紀初頭まで集まって礼拝を捧げることもなく、キリストの誕生を話題にすることすらなく、他の日と変わらなく過ごしています。
同じ頃、キリスト教を長い期間迫害し続けてきたローマ帝国においては12月25日
は、太陽崇拝の特別な祝祭日でした。
キリストの誕生日は1月6日と考えられていたのです。福音書の記者はキリストの誕生日を記していません。ルカによる福音書のイエスさまの誕生の箇所で「野宿している羊飼い」の記述から、「この寒い時期に野宿するの?」と考えてしまいます。
歴史的にはいろんな節に大変混乱されたようです。
エジプトで発見された4世紀初頭にさかのぼるパビルス(紙の原型みたいなもの)があります。そこにはお祈りの式文がありました。その式文を研究すると、やはりイエスさまの顕現(エピファニー)を示す1月6日がお祝いの日でした。キリストの誕生だけでなく、洗礼やカナの婚礼での奇跡物語も、神さまとしての顕現として祝っていたようです。でも、これが最古のクリスマスの記録と言われています。
さて、それではいつ頃から12月25日にクリスマスが祝われるようになったのでしょう。いろいろな学説はあるようですが、年代は紀元325年と紀元354年の間、場所はローマであることはほぼ確実と言われています。
キリスト教を教義的に正しく世界に伝えていくには、イエスさまが「神であり人間である」「神性と人性」という両性を持っていることをはっきりさせないと、異端となってしまうのを防ぐ意味もあったのでしょう。
つまり、イエスさまは後から(洗礼を受けたあとなど)神が乗り移った人間ではなく、人としてこの世に来られた神さまであることを強調するためであったのではないでしょうか。
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・・ 年主題聖句 ・・
「あなたがたは神に愛されている子どもです。」
~エフェソ 5章1節~
「天上天下唯我独尊」という言葉があります。
「天に於いても地においても私という存在は独りであるがゆえに尊い存在である」という意味です。どんなに辛いとき寂しいときでさえも自分は神さまに愛されている存在、神さまの子どもとして生かされていると信じたいものです。
・・ 聖句と今月のみことば ・・
「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」
~【新共同訳】ルカによる福音書2章14節 ~
天使たちがその頃最も蔑まれていた羊飼いたちにイエスさまの誕生を告げます。そして、天使たちの大合唱でした。なぜ、羊飼いたちに告げられたのでしょうか。
羊飼いは名誉ある職業だったのですが、農耕文化の発展で生活格差が進みました。羊飼いは主人から羊を預かり、家も持たず羊と寝食をともに生活するようになり、イエスさまの時代には世間で最下層の人々になっていました。しかし、時の世の中で一番光が届いていない人々にこそ、「全人類の救いのため、幼子がこの世にお生まれになった」という福音(よき知らせ)が伝えられたのです。